1992年以降、再び改革開放が推し進められ、経済成長は一気に加速した。しかし、都市と農村、沿海部と内陸部の地域格差は深刻化し、とりわけ農民の不満が高まった。社会主義市場経済体制のもとで、江沢民・朱鎔基政権は格差是正と一層の経済改革に取り組むことになる。格差是正のための西部大開発、国営企業改革に伴う失業者の増大、民工潮、三農問題といった新たな問題も発生した。このような問題を抱えながらも、いまや中国経済は「世界の工場」と呼ばれるまでに成長し、生産大国としてだけではなく、米欧日に次ぐ第4の市場としても期待されている。2001年には、悲願だったWTO加盟を果たす。
2002年から、胡錦涛政権が発足。2020年のGDPを、2000年の4倍にし(年平均7.2%成長)、中進国となる戦略を打ち出し、さらに全面的な「小康社会」を建設することを新たに目標に掲げた。「小康」とは、いくらかゆとりがあることを指す中国語で、ここでは、衣食がなんとか間に合う状態から、さらに生活が向上し、衣食が足りた状態に達することを指す。沿岸部だけでなく、内陸部の経済水準を引き上げることが狙いである。
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2003年には全国人民代表大会(全人代)で温家宝が首相に選出され、朱鎔基の経済改革を継承することとなった。2004年には、私有財産権保護を明記した憲法改定案が全人代で採択され、株式制度、企業統治制度など、国有企業の改革のための政策も打ち出されている。また、2007年の全人代では、私有財産の保護を明記した物権法、国内企業と外資企業の所得税率の格差を是正する企業所得税法が採択された[2][3]。 2008年の北京オリンピックや2010年の上海万博開催も決定し、改革開放政策はより一層進展するものと思われる。
更に胡錦涛政権は和諧社会という各階層間で調和の取れた社会の実現も目指している。